2015年09月29日

翻弄される介護福祉士養成校

 政府に振り回されている教育機関がある。
 介護福祉士を育てる学校だ。
 法律制定以来(昭和62年)、根幹にかかわる法律変更が何度もあり、一度決まっても延期、再延期と振り回されてきた。
 愚策ではあるが、やっと法律変更が固まったと思ったら、今回の安保法制のおかげで、衆議院ではギリギリ可決したものの、参議院は「審議継続」で議会が終了してしまった。

 今回の法律改正の内容は、入学生にとっても大きな制度変更を含むもの。
 できれば、法案通りに議決されたくない。(養成校へ進学する学生にメリットがない)

 審議継続にある間、各養成校は高校や入学希望者に確定的な広報を展開できない。
 どうなるかわからない法律の元で運営される養成校へ進学してくれるだろうか?

 介護福祉士を全介護士の半分以上にするという国の方針を、国自体が潰している。
 関係者はやり切れない思いだと思う。
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2015年09月27日

かなたの家族

「かなたの家族」というドラマを見た。
 
 なぜ録画したかは定かではない。

 でも、「家族」というものを考えさせられた。

 見ながら、いつの間にか結婚記念日が過ぎていたことに気付いた。
 家内も、「あら、そう」という感じである。
 もともと、記念日は僕しか覚えていない。
 とうとう、2年連続して、僕まで忘れている始末。

 家族が全員集まることもほとんどなくなった。
 18歳で1人暮らしをして気づいたことだが、僕には「ホームシック」という感覚がないらしい。
 一人暮らしを始めてから、実家に電話もしなかったので、心配した父から「生きていたら電話しろ!」と書かれたハガキが届いたことがある。
 それからは、最低でも3か月に一度は実家に連絡し、家族の誕生日にも必ず「おめでとう!」と電話をすることが実家の暗黙のルールになった。(いまだに続いている)

 だが、自分の家族間では、僕からの一方通行であり、唯一末っ子だけ僕と家内の誕生日にケーキを送ってくれたりしてくれる。家内は、僕の誕生日だけでなく、自分の誕生日さえも、末っ子からのプレゼントが届いて気付くような「大らかな」人である。

 家族関係が希薄になった理由の一つは、僕と家内が育った環境があまりにも違いすぎることだと分析している。たぶん、子供たちは、両家の価値観の違いの中で、様々な戸惑いや葛藤があった結果、今に至っているのだと思う。

 だが、家内や次男は、僕がいつまでも社会奉仕的なことにかまけているのが気に入らないらしい。

 家族をつなぐのは「経済」なのか??

 少なくても、僕はそうではないと信じている。
 だが、「育った環境が違う」というのは、ボディブローのように、じわりじわりと効いてくるものだ。

 社会の出るまで、うちの両親は、僕は一生結婚しないだろうと思っていた。(そういわれたことがある)
 だから、早く結婚したときに、大喜びしてくれた。
 今でも、実家の母は、家内に僕と結婚してくれて感謝しているというし、電話するたびに「大切にしなければ罰が当たる」と言われる。
 
 なんとなく、自分でも「結婚できないのかも」と思っていたし・・・。

 まあ、それでも1984年9月20日に入籍し、家族を持ち、31年が経った。

 家庭人と程遠い自分が、良い夫、良い父親になるのは容易ではなく、ものすごく努力したつもりだったが、どうも実りはなかったかもしれない。

 こんなことまで考えさせるきっかけを作った「かなたの家族」というドラマ。

 エンドロールを見て、合点がいった。

 作者が井上由美子さんだったのだ。

 僕は、井上さんの作品(原作や脚本)のドラマと波長が合う。
 久しぶりに、いいドラマを見たな、と思うとだいたい井上さんの手によるものだ。

 今日も、まんまと井上ワールドにはまってしまった。

 社会福祉の世界に足を突っ込んでいるからこそ、「家族」に対して過敏なんだと思うが・・・。
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2015年09月26日

もしも・・・

シリアの難民が話題になっている。
 
 あのISの暴力から逃れるためには、難民となって、他国へ渡るしかないのだろう。

 心配なのは、難民にISの兵士をもぐりこませて、他国へ送り出してはいないか?という点である。

 そのあたりの、セキュリティーはどうなっているのだろう。

 もし、自分がIS側の人間なら、訓練した兵士などを民間人のように変装させて、各国へ送り出しそうな気がする。

 困っている人まで疑わなければならない世界は、本当に嫌だ。

 第2次世界大戦の反省に基づき、積極的に難民を受け入れるというドイツ。
 同じような立場の日本としては、耳が痛い話だ。

 だが、ドイツも状況は一変しただろう。
 巨大企業のVWの悪質な規制逃れが明るみに出て、下手をすると国内経済がガタガタになるかもしれない。

 難民を受け入れたのは良いが、仕事がなかったら生活を保障できない。

 宗教色を払しょくしてくれるなら、日本の介護業界で受け入れることは可能だと思うが。今の政府では無理だろう。(宗教はは自由だが、介護の現場には持ち込ませられないということであって、穏健なイスラム教まで否定するつもりはないのであしからず)
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大臣ばっかり増やしてどうするんだ?

 またくだらない大臣が一人増えるらしい。
 「1億総活躍社会担当相」
 「1億」に高齢者も含まれているのだろうか?

 もうすぐ3人に1人が高齢者の時代が来る。

 その先には、全人口の40%以上が高齢者の時代が待っている。

 自分の思い描く理想郷に酔いしれているのかもしれないが、国民を巻き込むなと言いたい。

 何のために、介護報酬を減らされたのか・・・。
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2015年09月24日

現実味のない票稼ぎ策

 安倍政権も国民の幸せは経済にかかっていると思っているのだろうか?
 特養の待機者解消と「介護離職者0」を目指すと言い始めた。

 その前に、「介護職の離職者0」を達成しなければ、15万人分の特養の新設なんて、夢のまた夢。

 お得意のマスコミ操作で、介護業界のイメージアップキャンペーンをやればいい。

 いずれにせよ、安保法制強行突破のマイナスイメージを参議院選までにプラスに持っていきたいという思惑が見て取れる。

 元はといえば、1973年の老人医療費無料化という画期的愚策が、今の社会保障を苦しめている原点だということを少なくとも、自民党は忘れてはいけない。
 票集めの人気稼ぎを口先だけで行うことは、必ず将来のつけとして次世代を苦しめる。
posted by 先生 at 14:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 政府に苦言・提言

どこまで話がついているのだろう?

 韓国が北朝鮮の核兵器破壊の特殊部隊を組織しているとのニュース。
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150923-00050070-yom-int

 北朝鮮の反応が分からないが、今の状況だと過剰反応もしかねない?

 安保法制の子供だましのような強行採決(採決ができたとは思えないが)からすると、近々何かが起きることを政府は予測しているとしか思えなかった。

 このニュースも、その「何か」の内で、政府は既に想定している動きだったのだろうか?

 最悪の事態へ進めば、アメリカが乗り出してくるのは必至。
 そうなると、日本は「集団的自衛権」発動ということになるのだろうか?

 不安定な、安倍政権の経済政策を後押しするのに、兵器産業を活用するような真似だけはしてほしくないが、待ち構えている企業はたくさんありそうだ。

 不安しかない毎日。
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2015年09月23日

敬老も行い次第

 事務所に行かず、自宅で仕事をすることも多い。
 プランを立てたり、書類を作ったり、調べごとをするなら自宅(一応本社)で十分だ。(パソコンとネットがあればいいので)
 
 自宅で仕事をしていると、我が家の犬たちが、いかに優秀な番犬かよくわかる。
 近づいてくる者がいると、吠えて威嚇する。

 1日に数回、大騒ぎをすることがある。

 家の前の道(本来通り抜けはできないことになっている道)を我が家の車以外が通るときや自転車、散歩している人が通るとき。

 その中でも、わざと我が家の犬が吠えるのを面白がって、自転車のベルを鳴らし続けるご老人がいる。
 毎日である。どうみても、犬を興奮させて喜んでいるという、子供の「ピンポンダッシュ」的な感覚だ。
 本人は、満足そうに走り去るが、我が家の犬たちは思いっきり興奮させられるので、気配が消えるまで吠え続ける。
 必ず仕事は中断される。

 もっと悪質なのは、犬の散歩中に、我が家の敷地内にずかずかと入ってきて、我が家の番犬たちを興奮させて喜んでいる、これまたご高齢の男性。
 彼らも毎日の日課で、おまけに我が家の敷地内の郵便受けの下の植え込みに、犬が用を足していく。
 他人のうちの敷地に入るだけでも、住居時不法侵入なのに、植木に尿をかけたら器物破損。
 まして、僕の仕事が中断されるので、業務妨害である。
 立派な犯罪だ。

 敬老の日の対象者たちが、このようなモラル無き行いばかりしていては、「敬う気持ち」はしぼむ。

 今日は、上信越自動車道で、群馬の男性高齢者がかなりの距離を逆走したそうである。
 
 県外者の僕は、「まったく群馬のじいさん達は性質が悪い!」と心の中で叫んだのであった。

 毎年書くことであるが、これからの高齢者福祉を少しでも成り立たせるためには、高齢者自身も、後進の者に見本となるような背中を見せることも重要なのだ。

 今度見つけたら、きちんと注意しようと思っている。
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2015年09月22日

現代にも維新の志士のような人がいる

 すごい人がいるものだ。
 藤山シン(本名は森と書いてシンと読むのかもしれない)さんという。

 大河ドラマを見て、あまりにも若い人たちが、維新を成し遂げたことに驚いていたのだが、今の若者も捨てたものじゃあない。(日本で育ったのではないそうだから、正確な表現ではないかもしれないが・・・)

 ホンジュラスで、ボアンティア活動として、ひとつの村を作り運営している。
 その中で、孤児院や学校を作り、それを支える支援の輪を世界に拡げている。
 31歳だという。

 うちの息子たちと同世代だ。

 ホンジュラスと聞くと「危険な国」というイメージしかなかった。
 実際に、危険な国であることは確かなのだが、その中でたくましく活動しているアメリカ育ちの日本人の青年の姿を見て、単純に感動した。すごいと思った。

 意志あるところに道は拓ける。

 好きな言葉の一つであるが、すでに自分には道を開く体力も気力も、そして時間もないと思っていた。
 たった8年で、資金を集め、組織を作り、村を作り、子供たちを守り・・・。
 そんな藤山さんの姿を見て、なんだか励まされた気がする。

 こんな自分でも、できることはまだあるのかもと・・・。
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2015年09月21日

敬老の日とは?

 元々は9月15日だった敬老の日。
 2001年の祝日法の改正により、業界的には愚策としか思えない(学校時代も授業を組むのに苦労した)ハッピーマンデーによって、9月の第3月曜日になった。
 
 ちなみに、老人福祉法では、9月15日を「老人の日」と定め、15日から1週間を「老人週間」として定めている。

 さて、介護業界では、9月15日前後に、「敬老会」などの行事を行うところも多い。

 ただ、「敬老の日」の意味を知った上で行事を行っているのだろうかと、首をかしげたくなる事業所もある。

 「敬老の日」=「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを目的にした日である。

 訳も分からず、祝っている事業所が多いのではないだろうか?

 社会に尽くしてきた老人(この言葉の選択も難しい)を敬い、愛しいと思う、とはどういうことか?

 正直言って、敬愛の「愛」は家族としては受け止められるが、業界としては「敬服」の方が合っている気がする。

 いずれにせよ、「敬う気持ち」があってこその日である。

 しかし、イベントの中でも、利用者に向かって敬語も使えない。
 敬意を示すことは難しいし、形がすべてではないが、せめてプロならば敬語で話しかけられないだろうか?

 敬老の日とは、人生の諸先輩に対する日ごろの自分の姿勢を顧み、正す日でもあるのではないだろうか?

 形だけのイベントを行っても、まるで合同誕生会のようなものである。

 もしかしたら、「敬老の日は15日なのに」と現役時代の記憶との違いに混乱している利用者もいるかもしれない。

 「敬老の日」のイベントを企画する際、その持つ意味を考えて取り組んでもらえれば良いと思う。
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2015年09月20日

辟易

 「時間をかけて、丁寧に説明していきたい」
 
 まだ言うか。

 決まってしまった後に、説明しても仕方あるまい。
 それに、説明が必要なのは彼自身だろう。
 祖父の想いかもしれないが、本人自身が理解できていないのだろう。
 だから、説明しても要領を得ない。

 結局、理由はわからないまま決議されてしまった。

 野党議員の前に立ちはだかる、元ワタミ社長の渡邉議員の顔ばかり印象的だった。
 言っていることと、やっていることが天と地ほども差がある人だ。
 彼ほどの理想家(ぶっているだけ?)で教育まで乗り出した人物まで、国家権力には従順なんだなあと、売りに出されたワタミの介護の社員と郁文館夢学園の生徒や教職員が気の毒になった。
 一瞬でも、彼の言葉に「理想の介護」を感じてしまった過去の自分が恥ずかしい。

 脱線したが、今回の件「辟易」という言葉が一番あてはまる。
 
 そんな言葉で、終わらせてはいけないのだろうが・・・。
 
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2015年09月19日

結論ありきの政治

 今回の、乱暴にもほどがある安保法制の議決。
 
 でも、これまで多くの審議会や検討会を傍聴してきて、これが今回に限ったことではなく、霞が関のごく当たり前の進め方であることが分かった。

 いつも、「結論ありき」なのだ。

 今回も、すでにアメリカの議会での首相演説で結論を述べてしまっている。

 委員会も議会も、その結論を正当化するための「アリバイ」に使われたに過ぎない。

 ただ、今回は、その工作にミスが多発した。
 与党が読んだ憲法学者が「違憲」だと証言したことなどに象徴される。

 今年4月に介護保険制度も定期的な報酬の見直しが行われたが、検討会において「最終案」が示された時の、検討委員のざわめきは尋常ではなかった。
 「今までの討論は何だったんだ?自分たちの知らない数字が並んでいる」と委員数名の心の声が聞こえた。

 つまり、検討会なんて、まったく検討する場でも何でもなく、「検討しました」というアリバイ作りの場でしかない。
 政府や官僚が書いたシナリオを演じさせられているだけなのである。

 今回の、両議会による審議や委員会での議論も、やってもやらなくても結論は決まっていたのだろう?
 無駄な税金を使っただけだ。

 果たして、こんな手法が許され続けていいのだろうか?
 何とも言えない不快感が残る。
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政治って?

 今も国会中継を放映している。
 こんな夜中まで続けてでも早く決めたいのだろうか?

 議論は尽くされていないし、国民は理解できていない。

 そして、その不透明さに不満を抱えている。

 それを置き去りにして、突き進むことが政治なのだろうか?

 国民に言えないけど、政治家はわかっている重大な事実があるのか?
 それとも、アメリカの議会で、国会の承認も得ずに独断で時期まで確約したという暴挙を正当化するためなのか?
 
 いずれにせよ、これほど非民主的な政治家の独断を初めて目の当たりにした。

 自衛が必要だとか、必要じゃないとかそういう問題ではない。
 国民を納得させることを最初からあきらめてかかっている政治家に、国の将来を託したくないだけである。

 中国の脅威ばかり強調していた。
 それほど緊張が高まっているのか?

 だったら、30%にせまる日本の高齢者率の危機感を、きちんと国民に説明して見せてほしい。
 国際社会どころではなく、国内だけでも十分に危機感があり、緊張感は高まっている。

 続々増える要介護高齢者、認知症患者、その中で、続々辞める業界人たち。
 
 国内問題は、高齢者問題だけではないだろうが、この問題さえ目をそむけている政府に、国際社会を乗り切ることなどできるのだろうか?

 少なくても、自分に反論を言うキャスターがいるTBSとテレビ朝日への出演を割けまくるお坊ちゃま首相には無理だろう。

 虚しい夜になりそうだ。
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2015年09月17日

介護士不足に拍車をかけるシルバーウィーク

 今日は道路が混んでいた。
 首都高はどこも渋滞で、一般道を使用しながら目的地へ向かった。

 今日はなぜ混んだのだろう?

 関係ないとは思うが、この週末から「シルバーウィーク」らしい。

 お年寄りのための週間のような響きであるが、現実は逆である。

 このような連休を国が作れば作るほど、介護職希望者は減る。

 特に子育て中の人たちは、子供に合せて働きたいから、カレンダー通りの会社を好むのは当たり前のことだ。

 国は、介護職員を増やすために、法律さえも右往左往させた。

 だが一方では、経済優先で、介護職員が減る施策を平気で施行する。

 縦割り行政は、いつになっても変わらないのだろうか?
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ヒゲ

 僕らが社会人になった頃から当分の間、社会人たる者「ヒゲはNG」と指導されてきた。
 だから、いまだに最近の「おしゃれな無精ヒゲ」にも抵抗があり、介護関係者でヒゲを生やしている人を見ると、何とも胡散臭く感じる。

 社会の中でも、もっとも規律が厳しい組織は自衛隊だと思っていた。
 しかし、このところの安保法制の審議で、最も目立つヒゲの人物は、自衛隊出身者である。
 まるで、明治時代の紳士のようなヒゲを蓄えているが、ほぼ同世代の僕からすれば、組織の規律を守らない異端児のように見える。

 彼は、自衛隊を海外に派遣したときの隊長として名を馳せ、その勢いで参議院議員になった人物。
 超タカ派と言っても過言ではないだろうが、彼が目立てば目立つほど、今回の法案に対する反意が強くなるのはなぜだろう?

 やはり、ヒゲが与える「胡散臭さ」によるものか?

 まあ、僕らの世代までの価値観だと思うのだが。

 それにしても、安倍首相は、徹底して、TBSとテレ朝は避けたな。
 全国民と向き合う気持ちはないのだろう。
 きっと、あの仮面の下には、立派なヒゲが生えているのだろうなあ。
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2015年09月15日

その言葉、そのまま返したい

 安倍首相の他人を小馬鹿にした発言は鼻につく。
 昨日か今日の発言らしいが、元最高裁判事の発言を「引退した過去の人の私見なので(まともに聞くことはない)」と言ったらしい。

 我々は、先人から学ぶべきものは学べばいいし、助言いただけるのはありがたいことだ。

 このような首相に、まともな高齢者福祉は考えられないだろうなあ。

 しかし、一番「過去の発言」に捉われているのは安倍首相地震ではないのか。
 元首相の祖父の成し得なかった夢を孫が叶えようとしているだけではないのか?
 自分の考えではないから、答弁もしどろもどろで、口頭諮問なら落第になるであろう回答ばかりである。

 明治学院大学のシールズ代表の若者の言っていることの方が、余程理屈が通っている。

 安保法案が必要か必要でないか、よりも一端白紙にして、再度憲法問題から丁寧に積み上げて行った方がいいのだと思う。

 これで乱暴に強行採決するなら、次のまともな総裁が出るまで、自民党と、自民党の暴走を止められなかった公明党、そして、タイミングあらば自民党に復党したい姑息な議員の集まりである少数3野党には、投票はしない。

 国政ではなかなかあることではないが、内閣リコールもできるならありかなと思う事態だ。
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2015年09月14日

リーダー失格

 常総市をはじめ、今回の大雨被害を受けた方々に心よりお見舞いを申し上げるとともに、亡くなった方々のご冥福をお祈りしたい。

 常総市の堤防決壊による災害は、「人災」である可能性が高まった。

 そんな中で、「最低だ!」と思ったのが、常総市長の受け答え。
 今は謝罪したらしいが、当初は「避難指示は出した」と嘘を言っていた。

 嘘がばれると、あたかも自分に状況がい知らされていなかった、と部下に責任をなすりつける始末。
 行政のトップとしては最低だろう。

 課長さんが一人でインタビューに応じしていたが、もう精神的にも限界の様子で、専門家による精神的ケアをしなければ危険な感じを受けた。

 それも、これも、無責任な市長が上司だからである。
 あの市長の下での復興は難しいと思う。

 どこもそうだが、議会がしっかりしていないと、常総市のようにずれた市長を生み出してしまうのだ。

 安保法制の議論を無理やり進めるよりも、災害支援を優先すべきでは?
 そうすれば、デモに参加している人たちの中にも、ボランティアに参加できる人もいるかもしれない。

 教え子が、ボランティアに参加すると言ってくれたので、少しだけ気分が楽になったが、何か役に立つことはないかを考えている。

 特に、茨城県は、仕事も多く関わっており、コンサルタントとしての僕を支えてくれた県でもある。
 じっとしていられない、そんな毎日。
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2015年09月12日

人災?

  常総市の水害が、天災ではなく、人災だという記事を読んだ。
  堤防を削ってソーラー発電パネルを設置したという。
  地元の方は相当反対したらしいが、恫喝されたり、仲間はずれにされたあげく、建設を強行したという。
  さいごまではんたいした人は、堤防決壊の可能性を訴えていたそうだ。

  他人事ではない。
  我が街も、ソーラー発電所だらけ。山を切り崩して、市が作ったものもある。

  原発よりもましだとは思うが、作る場所は自由に任せるのではなく、きちんと調査して計画的に決めるべきだと思う。

  反対の声に耳を貸さなかった行政の責任も問われそうだ。
posted by 先生 at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年09月11日

無駄な工事を止めて、護岸工事を

 毎年度末、迷惑なほど道路工事をする。
 予算消化が主な狙いとのことだが、余った予算は返せばいいと思う。
 どうも、翌年度の予算折衝に関わるので、行政担当者は予算を余らすことができないらしい・・・という国民感情とはかけ離れた理屈。

 だが、今回の水害で、河川の護岸工事が江戸時代に行われたまま、というような場所も結構あるらしいことを知った。
 昨今の異常気象で、雨量はだいぶ増えている。

 どうせ無駄に予算を消化するなら、これからは護岸工事、堤防づくりに使ってほしい。
 まだまだ異常気象はエスカレートしそうな気がするからだ。
posted by 先生 at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 政府に苦言・提言

2015年09月10日

川崎の事件は他人事ではない

 川崎の有料老人ホームで起きた3人の転落死と虐待事件。
 久しぶりに、嫌悪感に体が震えた。

 だが、昨日もどこかに書いたが、「氷山の一角」であることは間違いない。

 今まで、何度も虐待の相談を受け、行政への通報を促したが、結局何も変わらなかった経験が積もり積もっている。

 証拠のビデオでも提出しなければ、マスコミが騒がなければ解決しないというのが情けない。

 ただし、これは介護業界だけではないから、誤解はされたくない。

 教育界だって、政治の世界だって、散々もみ消しや見て見ぬふり、証拠隠滅が行われている。他の業界も然りだろう。

 「また介護?」という無知な一般大衆の反応が一番怖い。

 だからこそ、こういう機会に襟を正さねばならない。

 今日も、ある業界人が、「〇〇(老人ホームの名前)も虐待がすごいらしいですよ」と言っていた。
 すかさず、「通報しなければだめだ」と伝えたが・・・。

 残念ながら、3人連続転落死はともかく、高齢者介護の現場での虐待という名の傷害事件はそこらじゅうで起きている。

 関係者すべてが、専門職者としての自覚を持ち、今すぐに是正していただきたい。

犯罪は白日の下に

 自分の事業所の問題を、外に出したくないという気持ちはよくわかる。
 だが、それでは、虐待も窃盗もなくならない。

 虐待は、傷害として警察に訴え、窃盗も警察に届けることも、施設内を浄化するためには必要だ。

 警察の現場検証が行われるだけでも、その後の効果が違う。

 今日も、ある大手介護事業で、虐待が横行しているという話が合った。

 開設当初から問題があった事業所だ。

 証拠さえあれば、白日の下にさらしたい。

 高齢者を守るべき者の虐待は、一般人のそれよりも、はるかに重く裁かれるべきだ。