2015年10月29日

遅すぎる・・・一人っ子政策廃止

 中国が一人っ子政策を廃止するというニュース。
 遅すぎる。
 
 この政策判断の遅れが、どれほど地球全体を苦しめるか・・・。

 あと20年もすれば、中国と日本の高齢化率は逆転する。
 つまり、中国も3人に1人が高齢者という時代を迎える。

 だが、分母が違いすぎる。
 桁が違う。

 中国の高齢化をいったい誰が支えるというのだろう?

 介護人材を吸い取られたら、僕らは確実に介護難民だ。

 世界のリーダーになろうとしているなら、もっと大局に立って政策を決めてくれないと困る。

 中国経済も減速しているというので、出生率が上がるとは思えない。
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2015年10月28日

高齢者の運転

 また高齢者の運転による事故が起きた。
 ニュース映像を見て、「なんだか見たことがるところだな」と思ったのだが、調べてみたら地方出張で何度か泊まったホテルの目の前の交差点だった。

 運転者は、73歳の男性だという。
 今の73歳は若いのだが・・・。

 先日、79歳の誕生日を迎えた母は、運転免許証を返上することに決めたそうだ。
 年齢以上に身体機能も落ちてきているし、年を取ってから免許を取得したので、運転も下手。
 電話で話すたびに、気を付けるように言ってきた。
 
 運転しなくなるので、心配事は減るのだが、何しろ信州の田舎なので、身体機能が年齢以上に落ちている母には、公共交通機関による移動は酷である。
 運転をやめることは、行動範囲が狭まり自宅に一人でいる時間が増えることを意味する。

 心配なのは、認知機能の低下である。(すでに数年前から気づいているのだが・・・)
 外に出なければ、様々な刺激が減る。
 家の中にばかりいたら、たぶん横になっている時間も増え、ますます体も動かなくなる。

 敷地内に兄家族がいるのだが、認知症も介護も全く知識がない。
 
 僕が学生時代、母親代わりを務めてくれた伯母(母の姉)も90歳を超えて、東京のエレベータのないマンションの4階で1人暮らしである。
 ただ、伯母は70歳過ぎてからパソコンを学んだという人で、いまだに携帯のメールを使える。
 だから時々、安否確認のメールを送る。
 最近は、数日遅れるが、何とか返信がある。
 伯母の緊急連絡先は、僕の携帯になっている。

 母にも携帯を持たせて、メールの使い方でも教えておけばよかったなと思うが、もう無理だろう。
 実家に電話して、母が出ないと心配だ。(高血圧だし)

 自分のことさえ四苦八苦しているのに、家族のことで心配が尽きない。
 「介護離職」も他人ごとではない。

 兄には、「車に乗らなくなった直後の、母の変化に気を付けて」とメールを送ったが、返信はない。
 不安だ。
 
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2015年10月26日

寄付により成り立つ風土

 途中からだったが、情熱大陸(ドキュメンタリー番組)を見た。
 iPS細胞でノーベル賞を取った、山中先生をとり上げていた。
 
 山中先生は、「アメリカは研究に集中できる国だ」と言っていた。

 良くわかる気がした。

 10年以上前になるが、研究職に就きたくて、旧知の大学教授に相談に行ったことがある。
 その時に言われたのが、「大学でも、研究や授業だけしていればいいというわけではなく、広報や雑多な業務が分担されている」と。
 これでは、専門学校と変わらないと思った。

 なぜアメリカは研究に集中できるか?
 その理由の一つに、アメリカの研究は寄付などによって支援されていることを挙げていた。
 
 かたや、日本は、研究がどのような利益を生み出すかが重要で、それによって研究予算が決まると言っても過言ではない。予算がなくなる前に成果を出さなければならない。だから、STAP細胞みたいなことも起きるのだろう。

 本当に「良いこと」を追求するためには、利益を第一に考えたらできない。
 まさに、認知症介護などは(身近なたとえで恐縮だが)その典型だと思う。

 前の勤め先で、上司から「平出さんは公立タイプだね」と言われたことがある。
 その時は「?」という感じだったが、数年後に言われた意味が分かったような気がする。
 
 「理想では飯は食えない」
 よく家内や社員に言われることである。
 
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2015年10月24日

介護保険改正の愚行

 介護保険改正直前に決まった新オレンジプラン。
 認知症に取り組む姿勢を見せたつもりだろうが、介護保険制度には新たに、認知症対応型でもないところに「認知症加算」が設けられ、加算がほしいがために、認知症に対する知識も取組体制もないところが、認知症の利用者を受け入れている。
 
 その結果、認知症の方は、多数派のレクリエーションや団体行動には参加できず、一日中放置され、外の景色を眺めていることになる。

 これでは、認知症は悪化するだけだ。

 なぜ、認知症対応型を強化しようとしないのか?
 
 結局、制度設計に関わっているお役人が、現場も知らず、ただの「予算合わせ」で改正作業をしているだけということだ。

 社会保障関係費の支出が1兆円増えたという。

 ますます、本筋から外れたおかしな制度が増えることだろう。
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眠くなるまで

 やらなければならないことが集中する。
 平均化してくれればいいのに・・・。
 とりあえず、眠くなるまで進める。
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2015年10月20日

公務員用宿舎等を独居老人等の住居に

 年金機構の独身寮放置のニュースは驚かされた。
 だが、他にも公務員や官公庁の外郭団体職員向けの宿舎で、入居者がいないとか、整理すれば空けられる物件は多数あるに違いない。
 それに、先日も通りかかって見たのだが、例の雇用促進住宅もそれほど古くないのに、入居者もなく放置されているところがある。

 もし、今回の年金機構職員用の宿舎などをリフォームし、都内で暮らす生活保護対象の独居老人等の居住用に使っていたら、もしかしたら「たまゆら」などの悲劇は起きなかったかもしれない。

 なぜ、同じ「社会保障」の分野を担当しながら、こういう発想が出てこないのだろう?

 不思議だ。

 それから、群馬県出身の家内が、小渕優子さんが議員を続けることについて、「群馬の恥だ!」と憤っていた。普通の議員だったら、辞職するだろうに。
 
 不思議だ。
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乱闘に参加しないと叱られる?

 以前、プロ野球選手がインタビューに答えて言っていた。
 試合中のデッドボール等がきっかけで起こる選手同士の乱闘。
 「参加しないと、後で監督から怒られる」

 まさに、イラク戦争時の日本と同じか。

 世界の監督「アメリカ」から怒られ、他の選手(参加国)から白い目で見られる。

 中学生の学校同士の縄張り争いや暴走族のそれと同じ。
 参加しなければ、仲間外れにされる。

 小学校1年生で、今の実家のある場所へ引っ越したのだが、当分の間、もともとその地区に住んでいた連中と抗争の日々だった。いまだに、実家の壁には、当時のガキ大将が投げたリンゴの跡が残っている。(新築の壁を汚された)

 だが、暴力によってではなかったと記憶しているが、敵対する勢力に飲み込まれることなく、いつの間にか「抗争」は沈静化した。
 むしろ、年を重ねるにつれ、我が家の方が地区で台頭したような気がする。

 いつの間にか、学校が終わると、一緒に野球をやったりして遊ぶようになっていた。

 暴力を暴力で制する。
 頭のいい政治家が、子供以下のレベルでしか、抗争を解決できないのだろうか?
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2015年10月18日

「ユネスコ」ってなに?

 世界遺産といえばユネスコ。
 そして、今は世界記憶遺産において物議を醸している。

 さて、ユネスコって?

 僕らは、育つ家庭で、自然にユネスコという団体名に触れ、世界遺産などを通して勝手に「善良な団体で公的機関」と思い込んできた。
 果たしてそうなんだろうか?

 ユネスコ憲章の1条に、「目的」が書かれている。(以下)
 この機関の目的は、国際連合憲章が世界の諸人民に対して人種、性、言語又は宗教の差別なく確認している正義、法の支配、人権及び基本的自由に対する普遍的な尊重を助長するために教育、科学及び文化を通じて諸国民の間の協力を促進することによつて、平和及び安全に貢献することである。

 今回、問題になっているのは、南京大虐殺を世界記憶遺産として認定するということに対して、日本が取り下げを求めていることだ。(日本は、シベリア抑留を申請しているらしい)

 これは「基本的自由に対する普遍的尊重」の一環なんだろうか?
 むしろ、今の当事国間の険悪な雰囲気からするに、平和及び安全に貢献するとは思えないのだが・・・。

 日本は、今後ユネスコへの拠出金の減額などを検討するという。
 中国は、それを「脅し」とアピールしている。

 何が正しいのか?

 それは、ユネスコという機関の実態を、もっと僕らも知らなければ判断できないことだと思う。

 似たような話で、過去にユニセフに疑問を持ったことがある。
 20年ほど前に、少しだけ寄付したことがあるのだが、それ以降延々と寄付の依頼と僕の名前と住所が印刷されたたくさんのシール(宛先などに使えるようなもの)を送ってきていた。そのシールの作成費と、送料を困った人のために使えばいいのに、と思ってから、ユニセフと距離を置くようになった。

 「なんとなく知っている」というあいまいな知識では、正しい判断はできないのだと思う。
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2015年10月17日

どの口が言う?麻生大臣の発言

 麻生大臣の発言は、頻繁に波紋を呼ぶ。
 漫画しか読まず、漢字も読めない人だけに、言うことも脱線している。

 軽減税率導入に関して「面倒くさい」と閣僚らしからぬ本音丸出しの発言。
 これでは、政治家としての資質も疑わしい。

 それよりも、「(軽減税率を導入すると)税収が当初の計画よりも減る。社会保障費を減らしていいのか?」という発言。
 これには、開いた口がふさがらない。

 選挙のたびに、自民党は人気取り戦略を行ってきているではないか?

 今の社会保障関係費の財源を苦しめている元凶は、1973年の老人医療費無料化。
 お年寄りの票を獲得したいがために、自民党が始めた愚策だ。
 これさえなければ、もっと柔軟に、社会保障関係費の財源を検討で来たに違いない。

 それに加え、介護保険創設時にも、介護保険料の徴収時期を遅らせた。
 これも、目先の選挙の人気取り。
 この結果、最初の3年間で財源が赤字になった保険者が確か4市町村出てしまったと記憶している。(数字は記憶違いかもしれない)予定通り徴収していれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

 自らの、票稼ぎのために、社会保障の財源を犠牲にしてきた過去を反省もせずに(麻生さんの頭の中にはないだろが)、今回の発言はあまりにも滑稽だ。

 いったいどの口がこのような暴言を吐けるのだろう。
 
 普通に考えたら、大臣更迭ではなかろうか。
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2015年10月16日

「射幸心」の是非

 パチンコ台や麻雀卓をたくさん設置して、利用者を集める介護サービスの是非が問われている。

 マスコミは、どちらかというと批判的に捉えているが、果たしてそれでいいのだろうか?

 学生時代に、引きこもった時期があり、その後も勉学を目的とした外出をほとんどしなかった僕だが、何とか卒業までこぎつけたのは、偶然入ったサークルの仲間の存在と「射幸心」だったかもしれない。

 ダメ学生の典型なのだろうが、毎日麻雀とパチンコに明け暮れた。

 授業が終わった頃に学校へ行き、部室の黒板を見る。
 「○○荘(雀荘)にいる」、「○○会館(パチンコ屋)にいる」と書かれていた。

 そこへ行けば、気心が知れた「同好の士」が待っているのである。

 真面目に過ごした方は、なんと堕落した生活なんだろうと眉をひそめると思うが、自分自身の学生生活を総括すると、この環境なしでは、引きこもりの結果として中退し、とても卒業証書はもらえなかったと思う。

 「射幸心」を煽る存在とそれを共有する友の存在がなければ、今の自分はなかったと思う。

 このように、自分の経験から考察すると、「射幸心によって引きこもりにならない生活」が維持できるとしたら、それは介護保険法の趣旨に全く外れているということではないと思う。

 ただ、問題は、要介護度と介護ニーズと「射幸心によって煽られた心理(毎日通いたいという気持ち)」のバランスをサービス計画上どのように考慮し、反映させるかだと思う。

 「射幸心」を抑制しなければ、限度額を超えることは必須。
 それでも通いたいという人は、自費利用するのかという点も論点になると思う。

 また、そうしたサービスが待ち構えたサービスを利用したいがために、本来使った方がいいと思われるサービスを使わないで限度額を超えることの是非も問われる。

 結局は、担当ケアマネと事業者の良識に委ねるしかないような気もする。

 僕の母はまじめ一筋に看護師人生を送ってきたが、僕と兄が学生時代、パチンコ屋に連れて行ったときのことが忘れられず、老後にかなり頻繁に通っているらしい。
 先日79歳の誕生日を迎え、自動車免許の更新をしない時見ているので、あと1か月、自分の運転で通えるうちは、「悔いが残らないように、毎日通う」と張り切っている。

 父が亡くなってから8年ほど経つが、一人暮らしで、足腰が弱い母が、能動的に外出するのは「射幸心」のおかげである。(もう少し、高尚な活動に夢中になってくれたらよかったと思うが、まじめ過ぎた人生のバランスをとっているような気もする)

 自分や母のケースを考えると、射幸心を利用して集めるサービスは、個人的には「あっても良い」と思うのだが・・・。

 すでに、規制を始めた自治体もあるが、学校の先生でパチンコにはまっている人を何人も知っているので、頭から「悪」と決めつけるのはどうかと思う。

 大切なのは、利用者のニーズであるので、そこは最大限に尊重して、柔軟に検討してほしいと思う。

 うちの母が、介護サービスが必要になった時、無心になってパチンコに興じられるサービスなら、せっせと通ってくれるような気もする。
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2015年10月15日

踏んだり蹴ったり

 踏んだり蹴ったり。
 
 ふと、踏まれたり蹴られたり・・・ではなかろうか?と思った。

 同じようなことを考える人がいるもので、ネットで調べたら同様の質問とそれに対する答えが載っていた。
 なるほど。
 深く意味を考えずに、使ってしまっている言葉があるものだなあ、と。

 このように、言葉に引っ掛かることが時々ある。
 そんな時には、とことん調べるのだが、調べれば調べるほどわからなくなる言葉もある。
 意外と、覚えた時はこういう問題意識がなく、新しい情報として、完全受け身で吸収している。

 たとえば、それは「介護」という言葉であったり、「尊厳」という言葉であったり。

 初めて見てから、当分の間は、何も疑問を持たなかった。
 
 だが、今は大いに疑問を抱いている。

 自分の名刺にも「介護教育、介護事業に関するコンサルタント」と書いてあるが、このままでいいのか?という疑問が続いている。

 介護という言葉は、適切な言葉なのだろうか?

 尊厳も難しい言葉だ。

 業界人は、基本語のように使うが、本当に意味を理解できているのだろうか?

 介護とか尊厳という言葉が適切ではないから、なかなか本質を理解されないのではないかという疑問。
 この疑問を解決しなければ、なんだか次へ進めない気がしている。
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2015年10月14日

倫理観の軌道修正を

 下品な野次を飛ばす議員が大臣になってしまったり、警官が不倫相手に逮捕情報を漏らして逃がしたり、世界でも最も倫理観が高い国だと思っていたのが、どんどん崩れていく。
 専門職者が、その専門性に反した行為をするというのは、もっともやってはいけないこと。

 震災の時など、世界中から称賛された日本人のモラルが、低下してきていると思うのは気のせいだろうか?
 特に、先般の茨城県の水害時の空き巣の多発なども、非常に恥ずかしいことだと思った。

 社会福祉従事者の虐待なども多発していて恥ずかしいが、これは場当たり的に法を整備したり、資格制度が右往左往したり、人材確保策を打ち出したりした国にも責任はある。

 政権の倫理観のなさが、国内全域に悪影響を与えているのだと思うが、日本が誇れる「最大の武器」だと思うので、しっかり反省して軌道修正してほしいと切に願う。
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2015年10月10日

証拠ビデオがあっても「事件」として起訴できない?

 山口県の障害者施設で起きた傷害映像(虐待という言葉でぼかすべきではない)は衝撃的だった。
 しかし、「不起訴処分とした」というニュースを見て、何とも言えない気分である。

 以前から、専門職者に対しては、厳罰に処すべきだ、と言い続けてきた。
 そして、「虐待」という行為は、社会通念上の判断(行政的に言うと)では、「傷害事件」であろうと。

 だから、今回の事件が、「傷害罪」として訴えられたことを、専門職者たちの襟を正すきっかけになればと期待していた。
 だが結果は不起訴。

 ここまで具体的な証拠があってもダメなのか・・・。

 これでは、いつまでたっても問題の根絶はできない。(もちろん、起訴されて、刑を受けることだけが問題の解決法だとは思っていないが)

 こうしたニュースが流れ続ければ、社会福祉事業の地位向上など到底無理ではなかろうか?
 
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2015年10月08日

新内閣、社会保障関係費削減は続く

 だいぶ前から留任と言われていたが、密かに変わってくれるといいなあと思っていた厚労相。
 マスコミや評論家の予想通り(取材通り)塩崎大臣が留任となった。

 そこから見える政府の本音は、「社会保障関係費削減」を柱としたコストカットだろう。

 日銀出身の塩崎大臣は、厚生労働行政には、興味も造詣もないと思う。
 とにかく、無制限に膨らんでいく社会保障関係費を抑制すること、それが大臣の役割なんだと思う。

 生半可に、厚労行政に思い入れがあると、思い切ってコストカット(今年4月の介護報酬削減など)はできないから、理論的に有無を言わさず予算を切れる財務のプロが、今の政府には必要なのだろう。

 「少子高齢社会・・・」と言ってはいるが、具体策はこれからであろうし、まずは支出抑制が最重要課題であることは、塩崎大臣の留任で分かる。

 あとは、キャッチフレーズに自己陶酔してしまう安倍内閣が新設した、横軸を担う加藤大臣が、どのように調整能力を発揮し、コストと質のバランスを取り、国民の安心を勝ち取るかにかかっている。

 とりあえず、期待するしかない。
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2015年10月07日

明るい話題に救われる

 2日続けて、日本人がノーベル賞受賞決定の報には救われた思いがする。
 このところ、あくまでも個人レベルであるが、国会の混乱やそれに伴う一部政策の遅れ、内閣改造人事の不本意な人選、TPPに対する言い訳じみた首相の「過去の発言の正当化」など鬱憤がたまることばかり。
 そんな中、大変立派な先生方がノーベル賞に輝くことは、唯一の慰めのように感じる。
 
 すでに大きな功績を残した方とこれからの大きな可能性を切り開いた方。
 お二人とも立派だ。

 今日の梶田先生の言葉で「宇宙にはまだわからないことばかり」という言葉。
 研究材料は無限なのだ。

 想像もできない世界の話だが、それをしっかりと想像している人がいるということ。
 専門家とそうでない人の違いだろうか。

 希望を持って研究できる世界がうらやましい。
 とてもではないが、楽観できる「想像」ができない毎日だが、なにかしら「光」が見つかればいいのだが・・・。
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2015年10月05日

「図書館戦争」

 題名に吸いつけられるように、テレビ局制作(?)の映画を見た。
 基本的に、テレビで映画を見るのは好まない。編集されていたり、変な場面でCMが入ったり、重要なエンドロールがカットされたりするから。
 だが、「図書館」という響きに、何とも言えないノスタルジーを感じて見てしまった。

 内容の良し悪しはよくわからなかったが、とてもタイムリーな内容であり、放送したテレビ局のメディアとしての意地的なもの(思い込みかもしれないが)も感じられ、それはそれで正当だと思いながら見ていた。
 (言論統制気味の現政権に対する抵抗?)

 それはともかくとして、「図書館」という言葉に魅かれたのは、小学生の頃、学校の図書館に入り浸っていたからである。
 
 なぜ入り浸っていたかというかというと、当時「何冊本を読んだか」という競争が繰り広げられていたからである。(クラス内のことだったか、個人的なレベルだったかは思い出せない)

 とにかく、ライバルには負けたくない。
 ジャンルも問わず、読んで読んで読みまくった。
 この時の、読書習慣がその後の人生を支えてきたような気がするくらい。
 勉強もせず、外で遊ぶこともあまりせず、図書館か自宅で読書しまくっていた。

 それだけのことで、「図書館」という言葉に魅かれたわけではない。
 その時の最大のライバルが、22歳の冬に逝ってしまったからだと思う。
 幼馴染の死というのは、想像もしていなくて、いまだに現実ではないような思いもある。
 ただ、葬儀で出棺する際(その当時はまだ、土葬だった)、彼のお母さんが、悲鳴のように彼の名前を叫んで、棺にすがっていた姿は、今でも時々思い出す。
 彼は僕と違って努力家で、地元の大手企業に就職が決まっていて、本当に親孝行の男だった。

 彼の死の知らせを受け、急いで地元へ帰って葬儀に出たのだが、冷静に行動していたつもりだったのに、就職の最終面接を受けに行くのをすっかり忘れていた。
 東京に戻り、焦って連絡して事情を話したのだが、「あなたから辞退されたということで処理済みです」と言われてしまった。当然といえば当然なのだが・・・。
 もしあの時、冷静に対処できていたのなら、もしかしたら年を越すことなく就職が決まっていたかもしれない。(内々に「最後のチャンスをやるから頑張って」と言われていた)そうすれば、親のコネで就職という自分の中での最大の汚点を残さずに済んだのだ。(その後の人生がどうなっていたのかは興味がある)

 長々と書いてしまったが、「図書館」という言葉に反応したのは、以上のような事情がある。
 なんだか、その幼馴染の、武骨な手の感触まで思い出した。
 思わぬ言葉が心の琴線に触れるものである。
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2015年10月03日

民意に鈍感な政権

 これほど民意に鈍感な政権を見たことがない。
 与党内で、自浄作用がない証拠である。

 本来これほど、国民による政権に対する拒絶反応が起きたら、与党内でも何かの動きが始まるだろう?
 力なく、石破さんが自派閥旗揚げを宣言したのと小泉進次郎さんが、大臣などは頼まれても受けない、と宣言したことくらいか?
 頼みの公明党は、だんまり状態で、太田さんの続投を守るために、波風を立てない世にしているとしか思えない。

 鈍感というより、「国民主権」を否定する政権なんだと思う。
 だいたい、安倍首相は「私が総理大臣だから、絶対だ」と言っているものな。

 国家とすれば異常事態。
 高齢者福祉問題などは、リップサービスの域を出ないぞ、きっと。
 安倍さんには興味ないもの。
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2015年10月01日

現状への警鐘

 死の海を救った人として、元海上保安庁の担当課長が紹介された番組を見た。
 公務員たる者、こうあって欲しいという好事例だった。

 正直言って、今まで不正を正そうと相談した役人にはことごとく逃げられてきた。
 この元課長さんのような方と出会っていたら、人生はだいぶ変わったかもしれない。

 それはそうと、この番組は、今の日本に対する警鐘を鳴らす意味で企画されたような気がしてならない。

 企業が垂れ流す、排水によって死の海と化したことを題材にしている。
 僕らが小学生の頃、ニュースでは毎日公害の話題だった。

 キーワードは「経済成長優先」。

 最近も、どなたかが力説していた言葉だ。
 (全く耳に入ってこなかった)

 経済を優先して、国力を付けることも重要。
 だが、それは国民の幸福と国際社会への貢献のために行われるべき。

 今はどうだろう?

 国民の生活などまるで理解していないお坊ちゃまが、自分の立場を守るために必死に「経済成長」を叫んでいるとしか思えない。
 結局、被害を受けるのは国民なのである。

 我が国の経済成長たるもの、どうあるべきか。
 しっかりと考えてほしいと思う。
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射幸心を煽る

 神戸市が「カジノ型デイサービス」についての規制を発表したそうだ。

 ニュースで見たのだが、すごい映像で、フロア中に麻雀卓が置かれ、壁面にはパチンコやスロットマシンなどが並んでいた。

 国内でも、非常に有名なデイサービスが、採り入れ始めたのが、いつの間にかサービスの中心になった感があるが、これが駄目なのかどうかは、もっと検証する必要はある。

 何よりも、僕自身の悔いとして、「一緒に麻雀やりましょうね!」と約束しておきながら、ついに一度も卓を囲むことなく、皆さんがお亡くなりになってしまったということがある。

 「麻雀がやれる!」
 それだけで、どれほど目を輝かして喜んでくれたか。

 あの時のことを思い出すと、一概に規制するのはどうかと思う。

 ただ、本来必要なサービスか?何日おきに利用するのが良いのか?1日どのくらいの時間が適切か?など専門職として考えるべきことは多い。
 やりたいだけやらせておけばいいというなら、保険外で高齢者専用の遊技場として運営すればいいわけだし。

 ニュースの中で、高校の先輩でもある篠原教授がコメントしていたが、マージャンなどを楽しむと脳は活性化するそうで、介護予防には適しているという。

 今は、良し悪しは別にして「包括ケア」の時代である。
 だからこそ、包括的な判断は必要だと思う。
posted by 先生 at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 政府に苦言・提言