2015年11月30日

困難事例

 とある研修に、うちのスタッフが参加した。
 いつもは講義する立場なのだが、今回は受講生として・・・。

 その研修の中で、「困難事例」についての時間があったそう。
 受講生などから出てくる事例は、「うちのスタッフは困難だと思っていない」レベルとのこと。

 そうだよな。
 つい最近まで、市内で1か所しかなかった単独型認知症対応デイサービス。
 一般デイでは受け入れが難しい方が、最後に訪れる場所になっていた。
 うちのスタッフは、一人一人に向き合い、よりよいサポートを考え抜いてきた。
 だから、簡単には音を上げない。

 正直言って、「困難事例」という言葉も嫌いだ。
 「尊厳」を重んじることが第一義のはずの分野にそぐわない気がするから。

 もっとも、うちのスタッフにとっては、僕自身が「困難事例」そのものなんだと思う。
 (僕に対して尊厳などの気遣いは無用だから)

 「困難」とか「問題」とかネガティブな言葉遣いをやめようというのが、今の社会福祉の潮流。
 「積極的に関わるべきポイント」とか、良い言い方を見つけてほしいものだ。
 
 言葉だけでも、この業界は変わる。
posted by 先生 at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護士への応援歌

諏訪地方の誇り

 諏訪の出身者は、かなり地元愛が強いと思う。
 18歳で諏訪を去った僕でさえ、いまだに郷土の話題に飢えている。

 今回、ドラマ下町ロケットの医療編に登場している話は、諏訪の企業の実話が基になっているのではないかと話題になっている。
 ドラマの中の「町工場」は父の高校時代の同級生が社長、会長を務めた会社ではないか、と言われている。
 実際には、ドラマよりもさらにすごい、人工心臓を開発、製造しているが、そのプロセスがドラマのエピソードと被っている。

 その人工心臓の、研究、開発、製造に関わる一家は、たぶん皆、高校の同窓生。(製造部門の現社長は僕の同級生)
 東洋のアルプスと言われた精密工業で、一時期はすごい勢いだった諏訪地方なので、こういう話はすごくうれしい。

 それに、群馬ばかり話題になるが、現在放映中の大河ドラマに出てくる世界遺産の富岡製糸場も、現岡谷市を発祥の地とする片倉工業なしには、今世に残存しなかったろう。
 テロップに、「協力 長野県の皆さん」と書かれているが・・・。

 自分が、こんなにも郷土に対し愛着を持つとは思わなかったが、「遠くにありて思うもの」というとおり、離れているからこその感情なのだろうか?

 来年からは大河ドラマで、真田幸村が取り上げられるそうなので、やっと地元(と言っても舞台は上田あたりなのだろうが)に光が当たるので、少し楽しみにしている。(三谷幸喜さんの脚本だというので、史実に忠実かは何とも言えないが・・・)
posted by 先生 at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年11月29日

作られた数字は危険

 不動産向けの融資が、あのバブル経済の頃のようだという。
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151128-00000042-jij-bus_all

 バブル経済当時は、景気を抑制するために、融資総量規制や不動産の短期間の売買を規制するなど、政治が沈静化を図った。

 しかし今は、逆に経済政策を数字的に成功しているように見せようとして、政治が煽っているような気もする。

 無理やり最低賃金を上げさせて、消費を促すなど、経済成長に関する強硬策を矢継ぎ早に打ち出しそうな政府に、危機を感じる。

 作られた数字は、所詮幻のようなもので、後でぼろが出る。
 待っているのは、反動でやってくる景気低迷の地獄だ。

 学習能力がないのか、学習する気がないのか・・・。
posted by 先生 at 01:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 政府に苦言・提言

2015年11月28日

先ずは担当職員の専門性を高めるとともに増員ができるかどうか

 生活保護が絡んだ悲劇が毎日のように起きている。
 今日も、ニュースで市長が謝っていたが、個別の問題だけでないと思ってみている。

 だいたい、「社会福祉」は金がかかる。
 だからこそ、適正な行政活動がなければ、時に批判の的となる。
 予算は無尽蔵ではないが、憲法は遵守しなければならないという苦しい世界だ。

 少しでも、悲劇を減らすためには、適正な行政判断と支援を積み重ねていくしかない。
 そのためには、専門性を持った担当職員が少なすぎる。

 高齢者介護でも、ケアマネが持てる最大ケース数は30件くらいまでだろう。
 複雑な要因が絡むと、20件でも多すぎる。

 生活保護は、子供、大人、高齢者などが複雑に絡まって対象となることが多い。
 ある市の担当は、1人で100件のケースを抱えているというが、物理的に不可能な数字だと思う。

 予算との兼ね合いもあるのだろうが、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するためにも、もっと専門職者を増やして、ケースを分散しなければ無理だろう。

 また、生活保護も今後、「自己責任」について議論していかなければ、負担ばっかり増えて収拾がつかないことになるだろうとは思っている。
posted by 先生 at 01:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 政府に苦言・提言

2015年11月27日

訂正かたがた

 昼間の一部の報道で、「首相が特養の整備を2020年代初頭までに40万床を50万床へ修正指示」というのを見て、SNSに所見を述べた。

 だが、現在流れている報道を見ると、特養に限定せず、サービス付き高齢者向け住宅などに主眼を置いているようだ。(マスコミが違いを分からず報じているのかもしれない。そもそも首相やほとんどの政治家は違いを理解できていない)

 もしサービス付き高齢者向け住宅だったら、介護士の数は特養を50万床整備するよりはるかに少なくて済む・・・・と素人は考える。
 しかしそこには落とし穴がある。

 直接的な落とし穴は、現在国は、サ高住の様々な問題を解決すべく、結局有料老人ホームと同等のスペックを求める方向へ進んでいる。
 入居者のほとんどが、実際には要介護高齢者であることから、今後ますます「介護ができる職員の手厚い配置」が求められることは必至だ。

 その上、サ高住は本来、それ自体で介護機能を持たないという種別。介護が必要な人は、周辺の居宅サービスを利用する必要がある。

 今年4月の介護報酬改定で、最も打撃を受け、疲弊している中小零細の居宅サービスが、その役割を担うのである。それも、サ高住は、土日、祝日、夜間などに家族がいる在宅生活者とは違う。介護サービスのニーズは、365日24時間あり、特養など施設サービスと変わらない。

 つまり、昼間には、特養で50万床整備した場合の問題を指摘したのだが、サ高住であろうと全く同じ介護職員不足によるサービス提供不足が生じるのである。

 国はきっと、この問題を隠すために、利用者負担額を介護保険創設時に示されていた通り、いずれ3割負担まで引き上げ、利用を抑制するという強硬措置をとるだろう。

 ただし、要介護認定で定められたサービス利用量は、その認定が正確であるならば、「生きていくために必要な量」なのである。

 それを故意に、抑制するとしたら、これも立派な憲法違反で、生存権、幸福追求権、普遍平等権をおかすことになるだろう。

 そこまで考えて発言しているとは思えないので、現首相の軽口は要注意なのである。
posted by 先生 at 01:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 政府に苦言・提言

2015年11月26日

思いつきで発言しているわけでもあるまいに

 安倍首相の発言には、毎日のように呆れさせられる。

 新3本の矢という中に「介護離職0」が出てきた日には、「介護職員離職0」な間違いではないかとマスコミの記事を検索しまくったものだ。
 受け皿である、介護事業所の職員が大量に不足しているのを何とかする方が先だろうに・・・。

 おまけに今日は、「介護離職0実現のために、特養整備量を増やすように指示した」とのこと。

 ○○につける薬はない、という言葉しか浮かばない。

 介護福祉士養成校においても、国家試験を義務付けると決まってから、施行を4年延期した。
 延期の理由は、「介護職員の確保を最優先」ということだった。

 だが、今や介護福祉士養成校は疲弊などという言葉では表せないほど追い込まれている。
 前国会でも社会福祉士及び介護福祉士法の一部改正は議決されなかった。(この法案は廃案になる方が良いと思うが)
 いつになっても、右往左往している国家資格を取得しようという若者が増えるわけはないし、周囲の大人が方向修正するに決まっている。これは、確実に政治の責任である。

 前国会前の自民党厚生労働部会でも相当時間を割いて議論したと聞いている。
 厚生労働部会は、日本人の将来を左右する大事な部会である。
 その議論が、何も首相には届いていないとは何事か?

 もし、今日の軽軽な発言が、誰かと相談した上でなされたものなら、その相談相手も明らかにしてほしい。
 中村参議院議員がご逝去した後、老施協関係者と意見交換はできているのだろうか?

 これ以上、政治が業界を引っ掻き回すのは止めてもらいたい。

 厚生労働部会のメンバーも、もっとしっかりしてほしい。
posted by 先生 at 00:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 政府に苦言・提言

2015年11月24日

先ずは介護報酬を上げろ

 安倍首相の大企業しか見えていない目では、われわれ中小零細企業が支える居宅系在宅サービスは救えない。
 介護報酬を実質1割下げておいて、最低賃金を「毎年3%上げろ」と言い出す。
 うんざりだ。

 いつまでこんな愚かなリーダーに振り回されなきゃならないんだ?
posted by 先生 at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 政府に苦言・提言

仕事に関するルール

 もしプロスポーツ選手が、競技ルールを知らずにプレイしたら・・・。
 
 細かい部分はともかくとして、大まかなルールを知らずにプレイしている選手はいない。もし、ルールを理解できなかったら、そもそもプロにはなれなかったろう。
 どんな分野にもルールがあり、プロならば知らなければならない。
 社会福祉も例外ではないのだ。
posted by 先生 at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護士への応援歌

仕事に関するルール

 もしプロスポーツ選手が、競技ルールを知らずにプレイしたら・・・。
 
 細かい部分はともかくとして、大まかなルールを知らずにプレイしている選手はいない。もし、ルールを理解できなかったら、そもそもプロにはなれなかったろう。
 どんな分野にもルールがあり、プロならば知らなければならない。
 社会福祉も例外ではないのだ。
posted by 先生 at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護士への応援歌

仕事に関するルール

 もしプロスポーツ選手が、競技ルールを知らずにプレイしたら・・・。
 
 細かい部分はともかくとして、大まかなルールを知らずにプレイしている選手はいない。もし、ルールを理解できなかったら、そもそもプロにはなれなかったろう。

 どんな分野にもルールがあり、プロならば知らなければならない。

 社会福祉も例外ではないのだ。
posted by 先生 at 18:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護士への応援歌

住み慣れた街で可能な限り暮らし続ける?

 国が提唱する地域包括ケアも本格化してきた・・・はずだ。

 しかし、今日の悲劇はなぜ起こったのか?

 なぜ、47歳の娘さんが殺人と自殺ほう助で罪に問われるのか?

 娘は認知症の母親を支え、収入は74歳になる父親の新聞配達で稼いだ金に頼っていたようだ。

 だが、その父も体調を崩し、10年以上働いた新聞配達を止めた。
 一家の収入が激減したのだろう。

 父親が、「死にたい」と口にしたそうだ。

 その言葉が直接的なきっかけになったかは定かではないが、今日、その家族3人は、冷たい利根川の流れに飲み込まれようとした。

 しかし、娘だけ生き残ってしまい、母親に対する殺人罪と、父親の自殺ほう助の罪で逮捕されたというのだ。

 住み慣れた街で、住み続けられる社会を作るのではなかったのか?

 民生委員や地域包括支援センターや行政の保護支援関係課などが、適切に関わることができなかったのか?

 これじゃあ、絵に描いた餅ではないか?

 たまたま今日は、事件があった利根川の少し下流の橋を往復した。
 上流でこんな悲劇が起きていたなんて・・・。

 何ともやりきれない出来事である。

 ただ、今後はこのようなケースが多発することは間違いない。

 久しぶりに街中を通過すると、あったはずのデイサービスがなくなっていた。

 介護に関わるスタッフも不足している。
 もし、介護サービスを使えば、この家族を救えたとしても、介護報酬は下げる一方になるだろうから、介護事業所の閉鎖も家族する。サービス自体が少なくなれば、家族の負担は増えるだけ。
 
 国の財源がない。
 それが原因だとすると、政治の責任は重い。

 民放に圧力をかけられるくらいなら、介護に対するネガティブ発言を規制してほしいものだ。

 間違いなく、政治の責任以外の何ものでもない。
posted by 先生 at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 政府に苦言・提言

2015年11月22日

大丈夫か?大阪

 大阪府知事選と大阪市長選が行われ、大阪維新の会の公認候補が2人とも当選した。

 正直言って心配だ。

 大阪は、東京と並ぶ街。
 それが感情むき出しのキングメーカーに牛耳られるということ。
 
 本当に、大阪の将来を託せる人たちなのだろうか?

 大阪都構想に期待している人が多いのだろうか?

 府民ではないので、外野がとやかく言うことではないが・・・。
posted by 先生 at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 次代を担う人たちへ

2015年11月20日

ストレスはあるのが普通

 従業員のストレスチェックを行うことを、国が義務付けるらしい。
 どの程度のことを言っているのか定かではないが、誤解を生むと心外だ。

 生きている限りストレスはつきもので、ストレスがかかるからこそ人は成長する。

 ストレスを跳ね返すにも、ストレスから逃れるのにも、それなりにエネルギーとテクニックが必要だから。
 ストレスから解放されたいという思いが、様々な知恵を生む。

 ただ、自分のストレスに対する抵抗力の程度や、心身に支障をきたすストレスの種類は知っておいて損はない。
 
 自分自身、物心ついたときからずっとストレスフル。
 もしストレスを感じなかったら・・・。

 きっと野垂れ死にしているに違いない。
posted by 先生 at 02:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護士への応援歌

2015年11月18日

終わり良ければすべて良し

 介護施設などの研修でいつも話す高齢者介護の魅力。

 それは、人生の最期付近に関われること。

 僕自身、出来そこないのくせに負けず嫌いで、少年の頃から「評価は棺桶に入る時に決まる」とすぐに決めつける大人たちに抵抗してきた。(両親は長い目で見てくれていたから、家庭内で反抗期はなかったが)

 その思いがあるから、介護の力で、良い人生で終われるようにお手伝いしたいと思ってきた。
 人生の最期に良い介護で関われば、もしかしたら幸福感の中で終止符を打てるかもしれない。
 少なくとも、粗悪な介護で、一人の人生を台無しにしてはいけないと強く思う。

 今日は、錦織選手が、久しぶりに気持ちの良い勝利をおさめた。
 この爽快感は、最終ゲームを完璧に勝ち取ったことによるものだ。

 終わり良ければすべて良し。

 テニスの試合を観て、昔の人は良いこと言うなあ、としみじみ思うのだった。

 
posted by 先生 at 02:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護士への応援歌

2015年11月16日

何に対して怒っているのか・・・

 パリで起きたテロに対して、身震いするほど怒りを感じる。
 だが、ニュースをはしごして情報に触れていると、違う角度からの意見にも出会う。
 違う意見と言っても、決してテロに怒りを感じていないということではない。自分に責任も非もないのに、被害に遭っている人々は、パリの方々だけではないということなのだ。

 世界中全ての人が、無関係な争いに巻き込まれて死傷することは間違っている。

 今回のようなテロは絶対に許せない。
 ただ、暴力に暴力で返している限り、永遠に続くと思う。

 今開かれているG20。
 世界の賢者が集まっているはずだ。
 「やられたらやり返す」以外の方法を提案できる人はいないのだろうか?

 何とも、怒りがどこに向くべきなのか、少々迷うのである。
posted by 先生 at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年11月15日

混沌

 民主党もかつて期待を集めた時とはまるで違う党になったみたい。(中身は変わっていないのかもしれないが)
 もともとが選挙目当ての烏合の衆なので、いまさら何を?と言っている感じがする。
 個人的には、岡田党首と考えが近いと思っていたが、松野さん率いる維新の党との共同会派を模索するとはがっかりだ。まだ、安保法制を差し戻すために共産党と選挙協力する方がましかと思う。

 選挙のたびに、当の方向性が変わるのは自民党も同じ。
 
 前政権までは左と言っていた人が、今は一斉に「右向け!右!」状態。

 20時間ほど前に起きたフランスのテロ。
 本当に恐ろしい。
 
 その恐怖を倍増させるのは、こういう時に安倍首相が発するアメリカかぶれした強気のコメントだ。
 中身のない、日本らしさもない、右へ倣え的な感覚の発言で、テロを誘発しかねないと本気で心配している。

 自民党も解党したらいいのでは?
posted by 先生 at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 政府に苦言・提言

2015年11月10日

とうとう「介護の日」が消えた

 記念日にしたところで、イメージの回復などできなかろうと期待はしていなかったが、まさかの出来事が・・・。
 先ほどのニュースで「明日は何の日?」という話題が出たので、「おっ、久々に介護の日のことを言ってくれるのか?」と期待していたのだが、見事に裏切られた。
 「ジュエリーの日」、「鮭の日」、「チンアナゴの日」・・・・。
 「終わり?」

 とうとう11月11日が介護の日であるということを、マスコミからも無視された。
 すでに、決議した国会議員も憶えていまい。

 11月11日こそ、介護に関わる人々に感謝や敬意を示さねばならないのに・・・。

 いったい誰が悪いのか。
posted by 先生 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 政府に苦言・提言

100点は取れない

 学べば学ぶほど、考えれば考えるほど、「介護」という仕事は高度な仕事だと思う。

 3K業種などと言われてしまっているのは、僕らの取り組み姿勢にも問題があるのだろう。

 とにかく、狙っても100点は取れない。

 いや、100点というのが、どういうゴールなのかも見えない。

 でも近づく努力をしなければならない。

 強烈な想像力とそれを支える専門知識とセンスが必要な仕事だ。

 利用者本人が採点してくれればいいのだが、そうもいかないケースが多い。

 高度な仕事に挑んでいるということを自覚して、とにかく少しでも満足してもらえるように努力するしかないのかな?

 「答えを作ってほしい」という依頼を受け、この数日間考えすぎるくらい考えた。

 結局、答えが出る世界ではないことを再確認しただけだった。

 一番怖いのが、意外と「経験からくる慣れ」ではないだろうか?

 こういうケースは、こうすればそこそこうまくいく、という経験値が積もり積もって、ワンパターン化していくこともあるかもしれないが、基本は100人利用者がいれば、答えは全部違うということだ。

 でも、1件1件にこだわれるような、報酬体系ではないことが、何とも悔やまれる。
 結局、国は何もわかっていないのだな。
posted by 先生 at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護士への応援歌

2015年11月07日

なぜ「介護者」は「活躍」ではないのか?

 「1億総活躍」に対し、20代の若者を官邸に招いて意見交換をしたという。
 参加者から、安倍首相の政策に関し、かなり不満の声も出たそうだ。

 僕も、いろいろ引っかかる。
 細かいことだが、まずは「なぜ1億2千万ではなく1億なのか?」。
 実際の人口とネーミングの誤差に意図があるのだろうかと、深読みしてしまう。(たとえば高齢者を省いているとか)

 もっとも、気に入らないのは「介護離職者0」という目標だ。

 確かに、介護離職は社会問題化している。
 キャリアを捨てなければならない人も大勢いるだろう。

 だが、安倍さんに言わせれば、介護のために離職し、家族の世話をしている人は「活躍していない人」ということ。
 そうじゃあないだろう。
 何のために、介護の日を作ったんだ?

 家庭で介護している人も、立派に活躍している。
 何よりも、憲法で保障された「幸福追求権」。
 自宅で住みつづけたいという高齢者の願いを、一番適切であろう(一般論だが)「家族による介護」によって実現する。国ができない国民の幸福の実現を、家族が果たしてくれている。
 家族介護は、社会保障関係費の支出抑制にも大きな貢献をする。
 介護保険を使う量が減れば減るほど、国は助かる。

 介護を受ける人も喜び、行政も助かるのだから、大活躍ではないのか?

 あたかも、介護離職がすなわち「不幸」だと国が決めつけることが、もっともやってはいけないことだと思う。胸を張って、家族の介護のために尽力できるように、応援するのが国の役目ではないだろうか?

 どうも安倍政権は、国民の感覚とはだいぶかけ離れたところで発送したアイデアで動いているらしい。

 僕は、家族が家族を介護するのが本来の姿だと思うし、それを行う人が報われる国であるべきだと思うのだが。
posted by 先生 at 01:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 政府に苦言・提言

2015年11月06日

言葉にこだわる

 最近、使っている言葉が気になって仕方ない。

 そもそも「介護」は「介護」でいいのか・・・とか。

 「現場」

 確かに、スタッフと利用者の接点がもたれる場所は「現場」なのだろうが、なんだか工場や建築作業のイメージがある。

 もっと、適切で、少し素敵な言い方はないものか。
posted by 先生 at 11:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護士への応援歌