2016年08月31日

2016年08月30日のつぶやき










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2016年08月30日

2016年08月29日のつぶやき








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2016年08月29日

国よりも細かい配慮こそ、地方行政に求められること

 福島の汚染廃棄物の上に家を建ててしまったというニュースを見ていて、怒りで痛風の痛さを忘れてしまった。
 住宅ローンを組んで、新しい生活に大きな夢を見ていた一家に訪れた悲劇は、その宅地付近の汚染廃棄物の埋めた場所の「略図」しか提供されなかったことによるものらしい。

 それについての行政担当者の弁。
 「提供するのは略図でいいというのが国の決まりだから仕方ない」
 
 だったら、地方行政などいらない。

 国よりも、さらに細かく地域住民のサポートをしなければ、地方分権の意味などない。
 ただでさえ、あれやこれや国から押し付けられて大変な思いをしているはずなのに、地方行政自体が「当事者意識」がないのなら、地域住民の幸福などあり得ないのである。

 こんなことだから、僕らみたいな輩に、「国はこう言っている」と理屈をこねられてしまうのだ。

 なぜ、市町村や特別区、都道府県などの地方行政が存在するのか、公務員を目指すなら考えてほしいものだ。

 霞が関から見えないところに、いかに光を当てるのか?
 それが問われているのではないだろうか。
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2016年08月28日のつぶやき
















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2016年08月28日

2016年08月27日のつぶやき








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2016年08月27日

2016年08月26日のつぶやき
















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2016年08月26日

社会参加とは

 元宮城県知事の浅野さんが厚生省の官僚時代から抱えていたテーマである「コロニー(障害者などの集団生活の場)解体論」。宮城県の船形コロニーから手を付けたはずだが、今はどうなったのだろう。

 最近、一億総活躍社会などのスローガンに代表されるように、すべての国民が参加できる社会の創生が叫ばれている。

 ただ、今の方法論には、個人的には抵抗がある。

 例えば、就労支援と言いながら、雇用されることが不可能な障害をお持ちの方まで、軽作業をさせられる。
 勤労の対価は、月に数千円という作業所も多い。
 その作業所の運営には多額の公金が投入されている。

 なにか、「真似事」をさせて「社会参加」という実績作りをしているようにしか思えない。
 
 就労継続支援事業などを通して、ご家族などと意見交換したことがある。
 その時のご家族の思いは、決して「就労」を望むものではなかった。

 経済的に自立できるほど稼げるならともかく、小学生の小遣い程度で「勤労の義務」を果たしているとは言えない。そんなことを無理やりおぜん立てして、多額の公金を投入し続けても共倒れになるだけだと思った。

 今は、障害者関係の仕事は離れている。
 高齢者と違い、ニーズが多様すぎて(高齢者も多様なのだが、あるものに合わせてくれるから甘えていられる)取り組みようがない。経営者の思いもあまりにも違う。

 コロニーを解体すると宣言した際、そこに住む人たちは、「集団生活を継続したい」という声が多く上がった。
 本人の意思を尊重するのが社会福祉の原点ではなかったか?

 なにか、金のかけ方を間違っている気がする。
 
 もっと「現実的な理想」を追求していくべきだと思うのだ。

 (※痛風で動けなくなったり、もうすぐパラリンピックが始まることもあって、少々考えてしまった)
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2016年08月25日のつぶやき










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2016年08月25日

2016年08月24日のつぶやき














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2016年08月24日

2016年08月23日のつぶやき


















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2016年08月23日

社会の縮図

 個は社会の構成要因であって、家庭は社会の最小単位だと思っている。
 
 最も大きな社会は、宇宙なのか地球なのかはわからないが、乏しい知識においては国である。

 今回、世の中が盆休みだと湧き上がっていた4日間、我が家は家内のぎっくり腰の世話に明け暮れた。

 よほど事務所に逃げてしまおうかと思ったが、一応社会の最小単位なので「相互扶助」は大切なので、犬の世話から3食の世話まで全部僕がやった。

 今日は、僕が痛風の発作を起こしたらしい。
 らしい、というのは、医者に行って大事にすると、また薬を延々と飲み続けさせられるからだ。(30代で一度やっている)
 
 だから、痛み止めと、シップを張ってひたすら我慢である。

 しかし、問題は、家族(同居人)の誰からも「大丈夫?」の一言もないことだ。
 自分はあれやこれややってもらったくせに、家内は何もしようともしない。
 絶望する。

 社会の最小単位である家庭がこのザマ。
 社会全体が良くなるはずがない。

 そういえば、のような雰囲気は、現政権になってから顕著である。

 このまま行けば、家族間の相互扶助という最低限の機能も不全となり、社会全体がおかしくなるのは必至だ。

 老後の不安よりも、老後まで耐えきれるかが不安である。

 老後の面倒を国が見られないのだから、一日も早く、希望者は安楽死を選択出来る法案を。
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2016年08月22日のつぶやき










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2016年08月21日

2016年08月20日のつぶやき








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2016年08月20日

2016年08月19日のつぶやき






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2016年08月19日

2016年08月18日のつぶやき










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2016年08月17日

2016年08月16日のつぶやき
















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2016年08月16日

節電はどこへ?

 3日坊主。
 のど元過ぎれば・・・。

 東日本大震災の時は、買い物に行っても、飲食に行っても、どこもかしこも蒸し暑かったのに・・・。
 原子力に頼らなくても良い社会を創生しようとしていたあの気運はどこへ行ったのか?

 このところ、どこへ行ってもエアコンが利きすぎで、寒くて仕方ない。
 
 これでは、「原発稼働やむなし」と国民が是認しているようだ。

 寒すぎるというのは明らかに無駄遣い。

 無駄は省かなければ、生き残れる国ではないのに・・・・。

 寒がりの自分だけが感じていることか。
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2016年08月15日のつぶやき














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