2018年02月21日

「集団」が日本の伝統であり持ち味

 オリンピックの女子団体パシュートを見て感じたことがある。
 彼女たちは、300日間生活を共にしてきたという。
 まさに、チーム力の勝利だろう。

 そして、この「集団で力を発揮する」のが日本の伝統であり、持ち味だと思うのだ。

 個室を条件にした新型と言われる特別養護老人ホームが誕生してずいぶん経つが、今でも多床室のニーズは少なくない。
 うちの亡くなった父でさえ、「一人だと寂しいから個室は嫌だ」とわざわざ4人部屋へ移動した。

 たしかに、北欧は「個別生活」を重視する。
 一時期(今でも)北欧の社会福祉が最も先進的だという幻想が日本の中には根強いが、日本の伝統や文化の中でも同じ価値観でいいのだろうか?

 僕は、西洋かぶれした世代だから、個人主義の塊だが、僕らの世代だって、団体生活を大切にしている人の方が多い。
 そろそろ、国も反省して、個室主義一辺倒を止めた方が良い。

 団体パシュートを見て、彼女たちの信頼し合う場面に接し、なおさら「集団活動の見直し」が必要ではないかと思った次第。
 個室よりも、多床室の方が支出の減る。
 政府が一番喜ぶことでもある。

 
posted by 先生 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 政府に苦言・提言

2018年02月04日

「成人」とは何か?

今年は成人式に関わる事件があったので、余計に「成人」に対する疑問がわく。
大辞林によると次のような意味らしい。
@ 心身ともに成長して、一人前の人間になること。また、その人。
A 成年に達すること。また、その人。現代日本では満二〇歳以上の男女をいう。

詰まるところが、今の二十歳が「成人」なのかということ。
身体はともかく、精神的に一人前の人間として成長を遂げているのだろうか?

36年程前の僕でさえ、二十歳の時に高卒で社会人になっな幼なじみ達が、随分大人に見えたものである。とても、彼らと並んで「成人です」とは言えなかった。

時代は変わったが、むしろ幼児化しているのではないかと思う。
ニートだったり、パラサイトシングルなる言葉が生まれる現状である。

ただ、法律的には様々な矛盾がある。
民法では未成年であるのに選挙権があったり、女性は16才、男性は18才で結婚ができる。
結婚ができると言いながら、二十歳未満の場合は保護者の許可が必要なのだが、結婚するということは社会的にも独立して家族を持つことでもあるし、子供をもうけることも問題ないということ。
なのに、「成人」ではない訳だ。

憲法改正で大騒ぎしているが、先ずは実情と法律との間に整合性が無い部分から見直すべきではないだろうか?

少なくても、民法の見直しは必要だろう。
児童が結婚して母親になれる、というのは常識的におかしい。

18才を成人として各法律を整合させるのが、国にとって1番合理的だと思うが、もしそうするならば、18才で社会人として自覚を持てるような教育と社会体制の整備をしてからだろう。
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