2015年11月07日

なぜ「介護者」は「活躍」ではないのか?

 「1億総活躍」に対し、20代の若者を官邸に招いて意見交換をしたという。
 参加者から、安倍首相の政策に関し、かなり不満の声も出たそうだ。

 僕も、いろいろ引っかかる。
 細かいことだが、まずは「なぜ1億2千万ではなく1億なのか?」。
 実際の人口とネーミングの誤差に意図があるのだろうかと、深読みしてしまう。(たとえば高齢者を省いているとか)

 もっとも、気に入らないのは「介護離職者0」という目標だ。

 確かに、介護離職は社会問題化している。
 キャリアを捨てなければならない人も大勢いるだろう。

 だが、安倍さんに言わせれば、介護のために離職し、家族の世話をしている人は「活躍していない人」ということ。
 そうじゃあないだろう。
 何のために、介護の日を作ったんだ?

 家庭で介護している人も、立派に活躍している。
 何よりも、憲法で保障された「幸福追求権」。
 自宅で住みつづけたいという高齢者の願いを、一番適切であろう(一般論だが)「家族による介護」によって実現する。国ができない国民の幸福の実現を、家族が果たしてくれている。
 家族介護は、社会保障関係費の支出抑制にも大きな貢献をする。
 介護保険を使う量が減れば減るほど、国は助かる。

 介護を受ける人も喜び、行政も助かるのだから、大活躍ではないのか?

 あたかも、介護離職がすなわち「不幸」だと国が決めつけることが、もっともやってはいけないことだと思う。胸を張って、家族の介護のために尽力できるように、応援するのが国の役目ではないだろうか?

 どうも安倍政権は、国民の感覚とはだいぶかけ離れたところで発送したアイデアで動いているらしい。

 僕は、家族が家族を介護するのが本来の姿だと思うし、それを行う人が報われる国であるべきだと思うのだが。
posted by 先生 at 01:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 政府に苦言・提言
この記事へのコメント
平出所長さん、こんばんは。

全くおっしゃる通りだと思っていました。
一億みんな会社勤めやアルバイトをしないと「活躍」したことにならないかのような、事業所統計的感覚の政府で、アレレっと首を捻ります。
人口減少時代の「経済成長」「経済大国」の維持なんでしょうね。
一方では、自民党改憲案は、家族形成を条文に明記し国民に義務づけるというもの。
家族の幸せから描く家族像が無いし、とてもチグハグな感じで、分裂症状の政府だな〜と受け取っています。
Posted by 群青 at 2015年11月07日 01:43
群青さん、コメントありがとうございます。
安倍首相は、奥さんと二人だけの生活なのでしょうから、家族の感覚が欠けていると思います。
今に、家族介護を義務付ける時代が来ると思います。
その時にはまた、何の反省もなく政策を実行するのでしょうね。
Posted by 平出 at 2015年11月07日 09:09
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/167277086
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック